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「子育てはしんどいと言っていい」髭男爵・山田ルイ53世が語る子育て観

インタビュー

かつて“貴族の漫才”で一世を風靡したお笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さん。

近年は執筆仕事でも活躍されており、昨年10月には、エッセイ本『パパが貴族』を出版。自らの正体が“一発屋芸人”と呼ばれる髭男爵であることを娘さんに隠している山田ルイ53世さんの温かくてときにスリリングな子育ての様子が描かれています。

今回はそんな山田ルイ53世さんの自身の子育て経験や、世の風潮に一石を投じる子育て観を伺いました。

娘が生まれて、「一発屋」としての自分を受け入れられた

市川

山田さんには現在、1歳と6歳のふたりの娘さんがいらっしゃるとのことですが、最初に「父親としての自覚」が芽生えたのは、どんなときでしたか?

山田さん

長女が奥さんのお腹にいるとわかったときもですが、やはり生まれたときでしょうか。

ちょうどそのとき、家賃を下げるために引っ越したのをよく覚えています。

市川

家賃を下げるため、ですか…?

山田さん

一発屋って、自身の状況を飲み込むのに2、3年はかかるんです。

世間で「一発屋」と言われていても、当時は見栄を張る気持ちがあるから、奥さんと中目黒にある家に住んでいました。

でも娘が生まれて、「これはまずい」ってなったんですよ。

【写真】テーブルに肘を置く山田ルイ53世さん

「当時は仕事が落ち着いていて、海に出ても凪状態やったんです」

山田さん

もう見栄張ってもシャレにならんなと。それで、家賃を下げるため引っ越すことにしました。

娘のおかげで、一発屋としての自分を飲み込めたんです。

市川

そんな変化があったんですね。娘さんが生まれたことで、仕事での変化はありましたか?

山田さん

仕事への向き合い方は変わりましたね。普通やったら、子どもが生まれたら「来るもの拒まず」でがむしゃらに仕事するものなんでしょうけど、僕の場合はちょっと違って。

生意気な話で申し訳ないんですが、むしろ仕事を考えて選ぶようになりました。

【写真】アップの山田ルイ53世

市川

えっ、どうしてですか?

山田さん

能力の問題ですね(笑)。仕事の精度を上げたいという気持ちから、自分に向いているか、誠意を持ってできるかという観点で選ぶようになったんです。

一発屋として売れてた頃は方向性もわからずにどんな仕事も引き受ける。事務所もバンバン入れてくるんですよ(笑)。でも父親になってからは、仕事に対する「なんとなく」がなくなりました。

市川

いい変化ばかりですね…!

山田さん

あとは、しんどい仕事でも踏ん張りが効くようになりました。

たとえば、本を完成させることもそうです。執筆をするとき、独身時代だったら「明日でええわ」と投げ出してしまったかもしれない場面でも、今は踏ん張ろうと思えます。

市川

とはいえ、家での執筆仕事は、お子さんがいると大変じゃないですか?

山田さん

その辺はかなり慣れましたね。

奥さんと長女が外出しているときなど、次女を膝の上に乗せて机に向かうこともあります。むしろ、その状態の方が集中できるときもあるくらいです(笑)

【写真】冗談に笑う山田ルイ53世さん

「次女が打ったキーボードから奇跡的に名文が生まれへんかな?とか思ってね(笑)」

子育て本や知育玩具にすがる必要はない。山田ルイ53世が考える子育てのモットー

市川

山田さんが、日々の子育てで大事にしていることはありますか?

山田さん

唯一のこだわりは、必ずリアクションを取ることくらい。芸人として、相手の反応がないさびしさは一番知っているので。

例えば、次女が「だぁっ!」て言うたら、「うわぁぁぁ」ってやられたリアクションをとるっていうコントをずっと続けてて(笑)

あとは本にも書きましたが、長女の“魔法”をかけるノリにも逐一リアクションをとっていますね。

【写真】笑顔でテーブルに手を置く山田ルイ53世さん

「最近は、娘がスベり知らずになってます(笑)」

市川

なんて可愛らしいエピソード…!

山田さん

他には、ベタですが、自分が子ども時代にできなかったことを、子どもにやらせてあげたいという気持ちはあります。

僕は子どもの頃、親の方針でテレビやゲーム、漫画に全くと言って良いほど触れられなかったので、「同世代あるある」みたいなのを素通りせずに蓄積してほしいんです。

市川

娘さんが興味を持つものには、積極的に触れさせてあげたいと。

山田さん

とはいえ、人並みですけどね。アニメを見せたり、おもちゃを買ったり、あとは映画館にもけっこう行ってると思います。

【写真】ライター越しの山田ルイ53世さん

市川

各家庭で子育ての方針がある一方で、巷に溢れる子育て情報に振り回されてしまう親御さんもいるかと思うんです。

山田さんはその辺り、どう捉えてらっしゃいますか?

山田さん

特に若いパパ・ママは、そういうストレスにさらされすぎてると思います。

「こうしないとダメ」みたいな子育て本や「何歳までにこれをしないと脳がどうたら」みたいな謳い文句を山ほど見ますけど、そうじゃない気がする。

【写真】手を組む山田ルイ53世さん

山田さん

たとえば、知育玩具もそのひとつやと思うんです。

もちろん人それぞれで効果もあるんでしょうけど、親が知育玩具にすがっているような気持ちになるのは違うと思う。

市川

わかる気がします。

一般的なおもちゃより知育玩具を選んでおけば間違いないだろう、みたいな…。

山田さん

そう、親にとっては、すごく気が楽になるアイテムではあると思うんですよ。

言ってしまえば、これで子どもの頭を良くしようとしてる。子どもに良いことをしてるっていう、そのエクスキューズになるものやから。

「私は正しい道を進んでいるんだ」と安心したい気持ちがどこかにありますよね。

【写真】もの申す山田ルイ53世さん

市川

たしかに…。

山田さん

そういう意味で、知育玩具などは財布の紐が緩みやすい商品だとは思いますが、そこにすがりつく必要はないのかなと。

知育玩具が家にないとダメなんてことはあり得ないわけですから。

ため息は“心の換気”。「子育てがしんどい」ともっと言っていい

市川

『パパが貴族』では、先ほどの知育玩具のお話も含め、つい娘さんに怒ってしまったというシーンまで、飾らず描かれているのが印象的でした。

山田さん

執筆にあたって、「ほっこりエピソード」をこちらから迎えに行かないようにはしていましたね。ありのままをどうぞと(笑)

それに、ドヤ顔で「子育てエッセイです」と出したくなかったんです。自分がすごく子育てしてるとも思わないし…。

市川

そうなんですか?

山田さん

子育てのしんどさの背景にあるもの、その1つは「責任感」なのかなと思うんです。子どもの傍にいる者の責任というか。

その点、僕はこうして外に働きに出ることで、子育ての場から1回離れて、責任が軽くなっているわけです。

でも、専業主婦(主夫)の方の場合は、その責任がずっと続くわけでしょう。だから簡単にやってますとは言えない。

市川

なるほど…。

山田さん

子育てをアサガオの成長観察にたとえると、外に働きに出てる方は、その過程をコマ送りで見るようなものなんです。家にいる朝と夜に見るだけで、間の昼間は見てない。

でも、僕の奥さんのように専業主婦(主夫)の方の場合は、それを肉眼かつリアルタイムで観察してるような状態でしょう。これはしんどいし、ときにイライラするのも当たり前やと思うんです。

【写真】身振り手振りで伝える山田ルイ53世さん

市川

わかりやすいです…!

そんな風に、奥さんの子育てのしんどさに気づけたきっかけはあったんですか?

山田さん

次女の出産のために奥さんが入院して、10日間ほど長女と家で2人きりやったんですね。それが、信じられへんくらいしんどかったんです。

朝昼晩のご飯作って食べさせて、朝は学校へ送り出して、帰ってきたらお風呂入れて、宿題を一緒にやって、洗濯とアイロンもして、仕事の日にはお友達のママにお願いして預けて…ってしたら、もうめちゃめちゃしんどくて。

【写真】当時を思い出して眉をひそめる山田ルイ53世さん

「稼ぎ全部渡してもええからもう二度とやりたくないと思ったんですよ」と語る山田さんは、実際に稼ぎの全てを奥さんに委ねているのだそう

山田さん

たかが10日ほどでしたが、「主婦(主夫)業」は農業工業と並んで、国の基幹産業といえるほどに重たい仕事やなと思ったわけです。

市川

改めて、子育てって本当に大変なんですね…。

山田さん

そう。それなのに、「子育てがしんどい」って、言えない空気があるでしょう?

親になった途端に、求められる「徳のハードル」が急に上がってる感じがするんです。でも、親になった途端に聖人君子になるはずがないし、子どもが生まれただけで、そんな簡単に変わらないじゃないですか、人間って。

【写真】右手を前に出す山田ルイ53世さん

市川

そうですよね。

山田さん

そもそも、子育てはめちゃめちゃしんどい、大変なことなんだっていう認識からスタートしないと。

僕は、男も女も、もっと気軽に「しんどい」って言えた方がいいと思ってます。

市川

「子育てがつらい」と言ってもいいんですね。

山田さん

どんどん言わんとダメですよ!(笑)

子どもの前は避けた方がええのかもしれないですけど、旦那さんも奥さんも、「大変だったなぁ」「今日はしんどかったなぁ〜!」ってお互いに言える状況を作っておくのは大事だと思いますね。

市川

私も子育てでつらくなったら、実践しようと思います…!

山田さん

それに、ときにはため息をつかないとダメなんです。

ため息というのは、心の換気扇なんですよ。

【写真】左側を見る山田ルイ53世さん

市川

心の換気扇…?

山田さん

ため息って、どうしても悪い感じで言われるじゃないですか。でも、人生、大きくため息をつけるぐらいの肺活量さえあれば、なんとかなると僕は思うんですよ。

コロナ禍で部屋の換気が大事やって言われているみたいに、たまにはため息をついて換気しましょうと、最近はよく言っています(笑)

「素敵な子育て」を目指す必要はないし、何者かにならなくてもいい

市川

ここまで山田さんの子育て観を聞いて、気持ちが楽になりました。

ママ友のSNSや子育てブログなどを見て、「自分はできてない…」と思ってしまう親御さんには、すごく救いになると思います。

山田さん

そうやって他人と比べてしまう方もいますよね。でも僕が思うに、子育てブログとかはエンターテイメントやから。住宅展示場のモデルルームと一緒やと思うんですよ。

モデルルームは綺麗でも、実際に住んでみたら家のなかは片付いてなかったりするもの。「自分がこうじゃないからダメだ」と思う必要は全くなくて、人それぞれでいいわけです。

市川

誰かと比べる必要はないと。

山田さん

モデルルームと自分の家と比べて「家のなか汚いし、全然片付いてないやん」と落ち込むのは、滑稽以外の何物でもないです。

だからAmebaさんを前に言いにくいんですが、「素敵な子育て」を発信しすぎないようにしてほしいっていうのは、いつも思ってます(笑)

【写真】両手をテーブルに置き笑う山田ルイ53世さん

市川

(笑)

山田さんの著書『ヒキコモリ漂流記』で綴られている「キラキラする義務なんてない」というスタンスが、ご自身の子育てにも通じている気がしました。

山田さん

基本的なスタンスはそうですね。娘には、飯食うのに困らんようにはなったらええんちゃう?とは思いますが、基本的には、何者にもならなくていいと思ってます。

これは、僕自身がそうだったからかもしれません。

【写真】自分をさす山田ルイ53世さん

市川

どういうことですか?

山田さん

僕は、たまたまこうして芸人になっただけで、「絶対に芸人になるんや」とか「お笑いで天下とるんや」みたいなモチベーションでやったことは1回もないから。

6年間引きこもって、ぐちゃぐちゃになって、本当にもう流れ着くように東京に来て、学業で失敗して芸人になったってだけの話なので。

市川

とはいえ、「子どもにこうなってほしい」とつい期待をかけてしまうことはないですか?

例えば、お受験とかもまさにそうだと思うんですが…。

山田さん

「そこに行きさえすれば何とかなる」みたいな思い込み方は、あんまり賢くない気がします。

自分の経験上、もし中学受験していわゆる「いい学校」に入ったとしても、30過ぎて、シルクハット被らなあかん羽目になるわけですから(笑)

だから、あんまりその何かになってほしいっていうのはなくて…。あっ、でも1つあるかな。

【写真】鼻をさわる山田ルイ53世さん

市川

なんでしょう?

山田さん

漫画家になってほしい。

市川

おお、それはなぜ…?

山田さん

…儲かるから(笑)

『鬼滅の刃』みたいにヒットすれば、もう来世まで安心ですよ。わっはっはっ(笑)

【写真】笑う山田ルイ53世さん

“一発”のヒットで儲けようと企んでいるようです

山田さん

これはシャレ混じりの思いつきですけど、ふと思ったのはそれくらい。

何者にもならんでいいですけど、娘には、僕みたいに陰気な人生は送らんようにしてほしいですね(笑)

【写真】シルクハットに手をそえる山田ルイ53世さん

山田さんの言葉の節々から、娘さんや奥さんへの愛情が伝わってきた今回の取材。

「子育てはしんどいと言えた方がいい」「親になった途端に聖人君子になるはずがない」といった言葉をもらって、子育てのハードルがぐっと下がったように感じました。

まずは、ママ友のSNSや子育てブログはモデルルームだと割り切りつつ、パートナーと「しんどい」と気軽に言い合える関係を築くことで、気持ちが少しラクになるかもしれません。

山田ルイ53世の子育て観 ・子育て本や知育玩具にすがる必要はない ・「子育てがしんどい」ともっと言っていい ・ため息は心の換気扇 ・「素敵な子育て」を目指す必要はない

<取材・文=市川茜/編集=Ameba編集部/撮影=長谷英史>

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漫才コンビ、髭男爵の山田ルイ53世。漫才師、「ルネッサーンス!」の人、一発屋芸人、エッセイスト、貴族──様々な顔を持つ男。だがそんな彼も家に帰りシルクハットを脱げば、愛する娘を持つ一人のパパだった。芸人と気づかれないように、でも、娘のボケにはきっちりツッコむ。芸人と父親の狭間で揺れ動く、一人のパパの愛すべき日常。

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芸人。妻と娘と娘。『一発屋芸人列伝』(新潮社) 雑誌ジャーナリズム賞作品賞受賞・本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネート

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